おあとがよろしいようで
氷室が見守る火神×青峰でゆかいなクッキン☆
かがみびらき(攻)
エプロンをかけ身支度を済ませた氷室は餅を前に腕を組んだ。今日は鏡開き。元旦から供え物として床を飾った餅を胃に収めなくてはならない。
キッチンペーパーを敷いた俎板の上に、みかんとの別れを済ませた餅を置いた。大ぶりのものと、小さめのもの。まるで雪だるまのようだ。そばには木槌がある。これで餅を砕き、口に入る大きさにするのだ。
丁寧に磨かれたコンロには網と鍋。必要な調味料や食材は昨夜のうちに確かめたので、足りないものをあわてて買いに走ることもないだろう。
餅を開く準備は整った。氷室はおもむろに木槌へ手を伸ばし、漬物石を思わせる白へ振りかぶった。かぼちゃを殴りつけるような鈍い一打が、カウンターを通して居間に響く。
エアコンで温暖に保たれたフローリングの床では、キッチンからの打撃音をメトロノームに弟とその友人が親しげに戯れている。ときおり楽しそうに声が上がり、親交を深める物音などもして、幼いころから弟を慮ってきた氷室にはこうした景色がほほえましい。彼らのはやめの夕飯、もしくは遅めのおやつになる餅づくりにも気合いが入るというものだ。
氷室はがごがごと俎板を変形させる勢いで餅を砕きながら、穏やかに過ぎていった十日あまりを振り返った。
「あっという間に成人式か……七草粥を過ぎたあとにちょっと重たい気もするけど、行事だからね。おいしくいただかないともったいない。タイガ、この餅ってウインターカップでもらった餅だっけ」
「おう、閉会式終わったあとついた餅な。タツヤも丸めたろ。なんか定着しそうだな、協会の気まぐれ」
「いいんじゃないか日本っぽくて。なかなか立派だし」
かつての面影をうっすらと残す餅のがれきを前にした氷室に手加減の文字はない。もうすこし砕いておこう、食べやすい方がいいし。木槌を振り上げつづける兄の心境を、止むことのない物騒な音からなんとなしに火神は思った。台ごと叩きつぶしそうな勢いでとんでもない音が聞こえてくるが、心配は不要だろう。いつだったか青峰を押しつけてもへこまなかったし、調理台は丈夫なのだ。
あぐらをかいた膝に後ろ向きに座らせるようにして貫いた青峰を、抱えた腰を動かして繰り返し何度も穿つ。胸元でさがる指輪はすっかり体温になじんでいて、青峰の肌に触れても「つめてえ!」と言われない。
こちらから腰をたぐってもいいのだが、座位というのは体勢上どうしても動きにくい。おまけに乗っているのは自分から腰を振ってくれる積極的な男ではないので、どうにかして火神が動かなくてはならない。ならばこうした体勢を取らなければいいのだと、そんなことはわかっているが、手間がかかるものにはかけるだけのたのしみとロマンがあるのだ。
まだ一度も出していない結合部は互いの分泌液だけでぬるぬるとすべり、ひどく具合のいいものになっている。かつての運動量がもたらすのか、天性の資質なのか。何度ひらいても達さなくてはゆるまない固めの蕾も、今日は時間をかけて焦らした成果があらわれている。
兄とは異なるはずんだ腸壁と締めつけはみずみずしい果実を連想させる。それも、誰かの手垢がつくまえに火神ひとりで丹精込めて仕込んだのだから、熱の入れようもことさらで。すっかり火神を覚えたこの男に愛着を抱かないほうがおかしいというものだ。
よって今日もこうして餅をたべる前座に家につれて抱いている。青峰のことは気に入っているし―――というより気に入らなければ労力と時間をかけて好みに仕込むはずがないのだが―――手放すつもりはないので、いつまでも愛でてやりたいと思っている。他者へ抱く愛情としては唯一でありったけのものを注いでいるので、火神にとって青峰とは恋人以外のなにものでもなかった。いくら青峰が否定し拒絶し嫌がろうと、第三者から諭されようと、聞く耳を持っていない。
はじめは敵意しか向けなかった青峰もこのごろは絆されてきたのか身体がうずくのか、文句をいうわりには最後まで火神につきあうので、よい調子で交際を進めている。警戒心の張りつめた獣のようなむかしも、屈服しがいがあってよかったのだが。
「割る、というのは縁起が悪いから、開く、といわなくちゃいけないんだって。刃物を使わず木槌などで砕いていくものらしい。鏡餅を『開く』って、まあ縁起はよさそうだけど。タイガ、それ今年はじめて?」
引き抜く手前までたかいたかいをした青峰から力を抜き、ひといきに落とす。自らの重みでずぶずぶと奥までくわえこむ青峰の、雄の根元をつよく握った。腕を回して火神を椅子にするように、深くもたれさせてやる。達しそこねて締めつける粘膜と応じるようにこわばる身体を、抱きしめた腕のなかで感じた。
ぱかりとひらいた火神の膝の上で喘ぎながらひくひくと悶える肢体が愛らしい。どっと汗をかいたうなじにくちづけ、跡が残るように噛んだ。どうにもこの男相手には加減すべきハードルをゆるめてしまって、骨の髄まで自分のものにしたくなる。口にのこる塩辛い汗を好ましく思いながら、歯を離した。つるりとした胡桃色の肌にはうすく血のにじんだ歯列の痕がくっきりと刻まれている。
「いや、かるた取りでやった」
「ああこのあいだの。アツシから聞いたよ、タイガにしかできないコメディをやったんだって?」
「あのやろ余計なことを……! 写真とか見せられたか……?」
「いいや、話だけ。餅になるだなんて、タイガは食べる方なのにな。来年はわんこ餅競争を提案してみたらどうだ」
「……タツヤになら、食われてもいいかなーって」
「お前がついた餅ならうまそうだ。餅つき競争でもいいかもしれない」
毒気のない兄の返答にゆるゆると力が抜ける。火神は戒めていた初心な雄から手を離すと青峰へもたれていった。互いに支え合うように腰をついているのでどちらかに倒れ込むことはない。火神は青峰の肩口に顎をのせ、あまえるようにぐずぐずとぼやく。兄に対する火神の、いつもとは違う趣きの願いはいつになったら叶うのだろう。
「受けになりてえ……」
「……ちんこ抜いてから物言えや」
射精のタイミングをずらされてようやく息を整えた青峰が忌々しく応答する。それに火神は世間一般の常識を示すがごとく、いけしゃあしゃあとこんなことを口にして。
「タツヤ以外に挿れられてえわけじゃねえんだ。青峰には挿れるもんだろ」
え、ちがうの? そう言いたげな態度にあきらめていた怒りがふつふつと煮えたぎってくる。この身が法律とばかりに我を通してくる火神に幾度無体を強いられ、恥をかかされたことか。それでいてこの身体はバスケも食事もセックスもすっかり火神に慣れてしまって、もはやこの男なしには平穏に暮らすことはできないだろう。行為の最中、身体のあちこちに火神のさげた指輪があたるそれがよいと感じてしまうくらいには、手の施しようのないくらいこの男に溺れている。
それでも嫌なものは嫌で、わけのわからない世界で生きているこの男に価値軸まで合わせる気はないので、感情の赴くままに真っ当な暴言をぶつけつづける。いくら恋人面をされようと、愛のことばをささやかれようと、ほだされるわけにはいかないのだ。
ところがこの男、よほどの馬鹿なのか楽観主義なのか。青峰がなにを言おうと自分の都合のよいように解釈するので、バスケをめぐる場以外ではいまだに喧嘩のひとつもしたことがない。
それをこの男の兄は、両者ともにたいそう仲の良い友人関係を築いていると喜び、こちらも修復しようのないほど頭のねじがゆるんでいる。伏せるべき秘め事、それも男同士の絡み合いが堂々と居間で行われているというのに、当人はのんきに餅叩きである。餅の出所を聞く前に、弟にすべきことは山ほどあるのだ。
よって青峰はしばしすべての元凶である背中の男にこんなことを思う。いつになったらこいつは死んでくれるのだろう、と。そしてまた、しみじみと毒づく。
「その目出度い頭カチ割りてえ……」
「おめでたになりてえって?」
「勝手に餅で膨れてろ」
台所から氷室が呼びかける。餅を砕いているくせに、まだ食べ方を決めていない。
「どう食べる? オーソドックスに砂糖醤油か磯部あたりか?」
「あー……磯部うまそー。白い餅に海苔巻いて醤油垂らして」
「な、てっめ、あ、あぁ、あ!」
氷室の声を合図に火神は青峰の背を押した。つながったままうつ伏せになるように倒れ込んだ青峰の腰をつかんで、戯れのように前後に揺らす。
手と膝をついたことで顔から落ちることはなかったものの、腰を掲げた格好は火神の動作をスムーズにする以外の何物をももたらさない。火神も膝をつき、青峰のすきなところを穿ってやった。胡桃色の肌で拵えられた尻の穴に、充血した屹立が出たり入ったりをくりかえす。余分な肉が削げた尻はやわらかさに欠けてはいたが、この男に女のような弾力など求めていない。
「餡があるから善哉もできるぞ。お前、甘いの大丈夫だろう」
「おー好き。ぜんぜんイケる。あんことモチの組み合わせっていいよな」
尻をぺしんと叩けばそれすら好いのか、あんっと感じ入った声に背は跳ね、なかは餅のように絡みついてきゅうと締まる。
青い果実のような尻をぱっくりとひらき、ぐぷ、ぬぷぷっ、などとあからさま行為の音を立てながら屹立を出し入れするのは、尻に雄を食われているようでひどく滾る。
長い時間による情交でじっとりと汗に濡れた今日の尻は、器によそった餡のようにつやつやと照り輝いている。ならばその餡をかきまぜ割り開く餅は、この雄と喩えることもできて。途端に、ぐぎゅるるる、と腹の虫が不平を漏らす。
「腹へってきた。そういやおしるこもあんこ使うよな、ぜんざいとおしるこの違いってあんの?」
「なんだっけ、汁気があるのが汁粉だそうだ。お前、餡はつぶだっけ?」
「汁かー……やっぱ濡れてる方がいいよな。するするいくのがいいじゃん。挿れたらナカで絡みついてさ」
腰を振り続ければ、いつしか腕で身体を支えきれなくなった青峰が喘ぎながら木目に頬をこすりつけている。青峰に覆いかぶさるようにして突きだされた尻を穿ちながら、濡れそぼった雄をしごいてやった。胸元の指輪が揺れて、青峰の背にぺたぺたと当たる。
いつの間にか木槌の音は止んでいる。居間の情交があられもなく勢いを増しているというのに、聞こえているはずの兄はどこまでも平時だった。弟の返答にうなずくようにして。
「そうだな、温まるし歯ごたえもある。タイガ、十勝から取り寄せた餡がふたつあるんだ。つぶとこし、どっちがいいか青峰くんにも聞いてくれ」
「りょーかい。あおみねーどっちだ?」
青峰から一度抜き、あおむけにひっくり返してやって、また挿れた。抜くときも挿れるときも、静電気が流れたようにぴくんと身をふるわせるのがかわいらしい。
「ほっぺ跡ついちまったな。青峰若けえから、すぐに消えるぜ」
人差し指の背で赤く残ったへこみを撫でてやる。いくつこぼしても涸れることのない涙が両目にたまって、火神に向けられていた。
「晩のおしるこ、つぶあんとこしあん、好きな方選ばせてやるよ。どっちがいい?」
言い聞かせるようにぐっと腰を押しつける。一度まばたきして涙を落としてしまうと、青峰は嗄れた声を出した。他者には凄みの利いたそれが火神にはいつにも増して色っぽく聞こえ、思わず喉が鳴る。
「てめえ……絶対ロクなこと考えてねえだろ」
「お前と餅のことしか考えてねえよ?」
「うそこけコラ……!」
「タツヤー、青峰つぶあんだってよ。しるこ食いてえ」
二の足を掲げて、律動を再開する。青峰の好きなところだけを捏ねるように繰り返し動いてやれば、すぐに泣いてびくびくと身体を揺らした。火神の動きに従ってあっあっと喘ぐなか、青峰は恨みごとのようにつぶやいて。
「……勝手に、いいやがって」
「お前小倉派だろ。違ってたか?」
「あってっけど」
「好きな奴の好みは聞いてやるもんだ」
「ンっ……こんな、ときだけ、恋人面しやがる……くそばかがみ、ん、あ」
「でも、そういう俺が好きだろ?」
「もち、のどにつまらせて、しね……!」
一文字に結ぼうとわななかせながら、文句をいいつづける唇にキスをする。舌で甘やかしながらことさら激しく突いてやれば、何度も達し損ねた身体はようやく精を放つ。身を焼く快楽にふるえる身体を抱きしめ続け、青峰が落ち着いたころを見計らって火神も欲を吐きだした。溜め込んだものをなかに放ち、ゆっくりと引き抜いてやる。
下肢がはいっていた姿のままに開き、微かな痙攣を繰り返す。ほころんだ穴の縁、花開いた蕾から呑みきれなかった白濁がこぽぉと広がった。
粘度を持った白が艶のある胡桃色の肉のなかでとろける様に、唇は弧を描く。兄がんーっと背伸びをした。
「さて、ぼちぼちやっていくか。タイガ、一杯目は湯掻いたのでいいか?」
「ん……とろっとろに溶けたヤツ、餡のなかで掻きまわしてえ、な」