どうせみんな死ぬんだろう



二時間以上もある映画の途中で、案の定氷室さんは飽き始めていました。それは北欧の夏至祭をテーマにした、随分話題になった映画でした。美しい風景と調和する死体と死。お洒落なコーヒーのように持ち上げられたものです。
 氷室さんの整った頭部の重みを膝に感じていた僕は身動きが取れませんから、氷室さんよりは集中して見ていたと思います。血腥いというよりは、見せるために丁寧に細工された造花の花束に似た印象を受けました。どれも造り物めいていて、しかしそれが良いのでしょう。
 真に迫る血と屁泥の香りを僕はついぞ得ることができませんでした。
 畳を敷いた正方形の和室の壁には黒い額縁で飾られた僕の血縁者が並んで、視線の合わない姿でいつも僕と氷室さんを見下ろしています。
 灰になった線香の香りはいつまでも鼻腔の奥でとぐろを巻いているようです。
 氷室さんが訪ねてきたときにしか用をなさない仏間のテレビ。火神君の前でホラーが見れないと少しも困っていない様子で語る氷室さんに僕はラブホテルを提案しました。僕の保たない性器に氷室さんが飽き始めたあたりで、僕は自宅を提案しました。ようやく今になってネットカフェがあることを思い出したわけですが、これは彼が飽きてからでよいでしょう。
 彼の慣れた手付きで外されたジッパーとずり下げられた下着と。テレビに背を向ける形で僕の陰茎をすっかり咥える氷室さんは、もはや映画などどうでもよいようでした。僕なりに僕なりのそれを氷室さんは労せず口内に収めてしまって、嬲るように舌と上顎で遊んでいます。
 以前火神君は自前の、その形容し難い魔物めいたそれを氷室さんのせいだと宣いましたが、僕もきっとそのうち彼に毒されてしまうのだろうと感じていました。ほんの数分で終わってしまったものが、いまでは長く保つようになってしまっています。きっと僕の身体が彼のために、彼のせいで変わってしまっているのでしょう。
 それで僕はいいと感じていました。なぜならもう、氷室さんを知る前には戻れないのですから。
「見なくていいんですか?」
 彼と映画を見始めてから何度目になるかわからない台詞をお決まりのように口にします。氷室さんは閉じた口内でかすかな音を立てながら僕の性器を射精に向けて弄っていました。口から話しても、吐息のかかる近さで僕の濡れた性器と彼の唇が向き合っている姿に、僕はたまらず目眩を覚えました。氷室さんと同じ空気を吸う間柄になってしまったせいで、僕は自分の性癖というものを知ることとなったのです。僕は直接的な刺激よりも、視覚や聴覚、想像がもたらすもののほうがどうやら欲を満たすようでした。
「どうせみんな死ぬんだろう?」
「それを言ってはおしまいじゃないですか」
 氷室さんの指通りの良い髪に手を当てて、動物の腹を撫でるように接します。陰りを見せた橙の陽光が氷室さんの黒髪に沈む姿を僕はいつまででも見ていられることでしょう。
「これを見たいって言ったのは氷室さんですよ」
「台詞で何が起こっているかだいたい分かる」
 氷室さんはいつも字幕版を流しました。英語程度であれば彼には問題なく聞き取れてしまうのでしょう。僕には要領を得ない内容なので、字幕を見るしかありません。
「このジャンルって人が死なないと意味がないじゃないか」
「そうですか?」
「人が死ななくてもいいけれど、かといって気が狂ったり半身不随になったり、何か手遅れな描写ってないじゃない」
「氷室さんはホラー映画に何を求めているんですか?」
「なんだろうね。悲鳴かな」
 僕との会話に飽きたのか、また彼は僕のそれで口を塞いでいまいます。画面の中ではそれこそ彼の希望通りに悲鳴を上げて、阿鼻叫喚というべき事態になっていますが彼は決して画面を見ないのでした。
 彼の口内で組み立てられる性欲に身を委ねながら、僕はふと嫌な想像を膨らませました。
 彼が求める悲鳴とは、僕か、火神君のものであったとしたら。
「……あ」
 彼の口内にあっけなく吐き出したそれが喉を通っていく様を、僕は成すすべなく見ることしかできませんでした。