欲しいのはお前
初詣から帰ったばかりの暖房の効き始めた室内で、兄にコーヒーでいいか聞こうとしたところだった。
まだ明かりの点けていないカウンターキッチンの内側で、兄が火神の頬を寄せ、唇を重ねた。兄の手が外の空気で冷えた火神には温かい。
濡れた舌が火神の唇を割り開くのにそう時間はかからなかった。頬に触れた手はすぐに火神の首に絡む。互いの距離を埋めて、その奥で沈んでしまいたいかのように。
くぐもった吐息を漏らしたのは火神の方だった。
兄は前髪が歪むのも気に留めず、火神の舌を絡ませることに意識を向ける。
屹立して隆起したジッパーを腿に押し付けられる。布越しでも兄の欲情がよくわかった。
飲み込みそこねた唾液で口の周りを濡らしながら、火神はどうにか兄を呼ぶ。
「た、つや」
一昨日から兄の内側の熱を貪っていた。厚みのある身体が作り出す兄の輪郭。
火照って、汗で湿った肌を何度も手でなぞった。それだけで兄を理解することができればいいのに。
「神社に着いたときからずっと抱きたくて仕方なかった」
額を寄せたまま訴える兄の声は待ちかねた時を迎え、震えていた。息の吐き方に気を使わない、彼の素のそれ。
キッチンで立ち尽くす火神の脚を兄がソファへ運ばせる。
やわらかな背もたれに投げ出された勢いのまま、兄の接吻は続く。両膝の外側に兄が膝を乗せて、火神をソファに留め置いている。さながら開きにされた魚のようだ。
身長のせいで普段は見下ろさなくてはいけない兄が影をまとって火神を見下ろしている。
乱れた前髪の間から余裕のない彼の瞳に見つめられていることに、息が止まりそうだった。
昨日も一昨日も兄と身体を重ねているのに、欲が尽きない。
「脱げ」
二人分の体重を偏って受けるソファから嫌な音が続く。ソファの骨が軋むそれはベッドで聞くものとは違った。
ソファに足裏を着けた兄が火神の眼前で自分から腰を振る。いつもより色づいた薄い肌に、充血して染まった陰茎のコントラストが目の毒で。形の整った兄の割れ目から溢れた蜜が重く、糸を引いて火神の腹に落ちる。
火神の視線に気がついた兄が、わざと火神の根本を見せつける。黒子いわくグロいと評判の、血管の浮き出たそこはどちらのものかわからない体液でぬめっていた。兄に使い込まれたからと弁明すれば、毒虫を見る目で返ってきた。
見下ろして確認する兄の口元に笑みが宿る。兄が己との行為で満足感を得たことを確信した火神は己の勃起に血液が集まるのを感じた。
「まだイくなよ」
優位に立つ者の余裕で彼の顔が好ましく歪んでいる。火神には他者に隷属する趣味はなかった。しかし、氷室ならば別だ。兄に求められるとそれだけで、胸が潰れてしまいそうなほどの好意に満たされる。兄に可愛がってもらえるのならば、何をされたって構わない。
なにより、火神を玩具にする兄の表情ほど火神を滾らせるものはなかった。
「二日連チャンでやってんのに枯れねえのすごくね」
「年が明けたらまた別だ」
「性欲やべえ」
「お前が言うことじゃないだろ」
軽んじられ、鼻で笑われる。兄を悦ばせるだけの角度を保ちながら、兄の腰使いに耐え続ける火神のことだ。こちらもまだ達するにはもう少し足りなかったが、それはお互い様であって。
火神を蔑むために曲線を描いた眉に見惚れる。死ぬまで兄の玩具でいられればどれだけ幸せだろう。
「これ終わったら動きてえんだけど」
「好きにしろ。お前の腰が動けばの話だがな」
売り言葉に買い言葉の応酬。兄の腰が動くたびに粘液が重い水音を響かせる。火神を咥え込む兄の拡がった孔から体液が漏れ、腹と尻たぶの拍手に彩りを添えた。
競技のために鍛えた身体は兄の性欲処理に使われている。その事実だけで脳が溶ける快楽を火神は兄以外で知らない。
「つーかタツヤ、毎年元旦にヤる癖あるよな。なんで?」
わかりきっているあの言葉を兄の口から聞くために、挑発めいて小首を傾げる。兄は火神の仕掛けを理解して、尊大に返答した。
かがみびらき。