キスだけじゃだめみたい



「ソファを買い替えないか?」
「次の引っ越しで?」

 提案とも四方山話のはじまりとも取れる問いかけに、火神はさほど頭を使わず質問で返した。というのも、話題にあがったそのソファに火神は転がり、開いた尻たぶの奥に氷室を招いてくちゅくちゅ、もしくはぐちゅぐちゅだとかぬぷぷっだとか、要するにその類の音が響くタイプのあそびをふたりでしていたところだったのだから。寝台代わりにしたソファで腰を動かしながら始める話かといえば、適切な気もするしふざけているともいえる。問われたところでそもそも火神は頭が働くような状態ではなかったし。二週間ぶりの兄で身も心もとろとろで、ズボンを脱がされる前からどこもかしこもいきり立っていた。
 腹の中をぬちぬちと兄にあやされながら、火神は背を押しつけているソファを思う。新居へ移った際に購入したそれは、もう五年ほど経っただろうか。たまの休日もしくはウィークデーの合間にこうして手荒に扱っているが、座が抜けたり革がくたびれたりした様子はない。遊びにきた客人が何の疑問も持たずに腰を落ち着ける程度には体面を保っている。前触れもなく急に、それもメイクラヴの最中に買い換えを検討する品とは思えない。
 セーターの襟あたりで鎖のたるんだ指輪が転がって、内側を擦られるたびにすこしずつ位置がずれている。さっさと首から外せばいいものを、あいにくどちらも邪魔には思わなかった。何かとこまかいことを気にする兄が、己の胸に下がったものを取ろうとしないのがその証拠。このとき兄を見上げる姿勢は二パターンあるが、そのどちらも兄が自主的に動いてくれるので火神は黙って転がっていればよかった。兄が動けば指輪が揺れ、指輪が揺れれば息のつまるようなあまい痺れと重みが下腹に溜まっていく。そのうち白い胸元で揺れる銀の輪を見ただけで性器に火が点るのではないかとくだらないことを考えるも、首飾りのない胸元に欲を抱けなくなっているのは確かだった。兄の無自覚な教育は火神にフェティッシュな欲望を植え付けている。
 質問を質問で、それも予定のない引っ越しついでの買い替えかと問う火神に、兄は腰を休めることなく話を続ける。

「もっと広いタイプの、汚れにくいのを。何ならオーダーメイドをしてもいい。身動きの取れるソファが欲しいな」

 兄の要望がこの行為のための誂えと知り、口の端が愉快に持ちあがる。

「ここにベッドもってくりゃ済むことだ」
「ベッドは品がない」
「ベッド代わりにしてるソファに座らされる客のこと考えろ」

 一般常識を心得ている火神は目を細め、くっくっと喉を鳴らして笑いをこらえた。セックスのためのソファを拵えるなら、初めから寝台を用意すればいいのだ。それを妙に体面を気にしてソファで済まそうとするから無理が出てくる。考えられていない用途で戯れた代償はメリットのラベルを貼って楽しんでしまえばいいものを。兄はこうして我を通すために手段を選ばないきらいがある。
 兄の言うとおり、このソファで身体を重ねるのは些か不便だ。火神ひとりが寝転がればそれでスペースはみっちり埋まり、伸ばした脛がはみだす仕様。肘置きに頭を寄せているせいで首が痛くなるのはいつものことだし、脚を開けば背もたれに邪魔されて奥まで兄を誘えない。それは兄も同様で、火神に跨るときは屈めた足の置き場に苦労していた。兄が転がる場合はわずかに隙間ができるので、火神は厭うほど厄介ではない。ベッドに優る利点は、何をまきちらしても拭って消臭スプレーを振りかければ容易く元の姿を取り戻すことだろうか。どちらにしろ行為のしやすさを比べるならば圧倒的にベッドの勝利である。
 それでもここを衝動の発散に用いるのは、ふたりともリビングを好いているからだろう。寝室で改まってはいよろしくお願いしますと顔を合わせるよりは、アメフトの試合中継を前にコーラで湿ったあまったるい口でキスを重ねて汗ばんだ肌をまさぐるような、なんとなくの流れに乗って最後まで臨みたい。今夜はオールナイトフィーバーだとか、月に一度のバニーボーイディだとかであれば話は別だが。
 そうしたわけで居心地の良いソファの取り寄せは兄にとって優先順位の高い問題であるらしい。他人の目には軽薄とも映る火神の態度を前に、兄は眉ひとつ動かすことなく軽口に付き合う。ただし思うところがあったのか、火神の内に居座らせたまま動きを止めた。

「用途を外れて何に使われたかを知ったら、それこそ何も使えなくなる。俺が言っているのは品性の問題だ。ソファに済む話じゃないだろう」

 窘める口調でココ以外でもやっているだろうと言外に示すので、火神は曲げた腿を腹に寄せ、どっしりとソファに身を任せた。ふっくらと厚みを持った背もたれを見せつけるように手で叩く。

「理に適ってるだろ。ソファにもなるぜ。昼寝もできる」
「食事用のテーブルの隣にベッドがあるのとソファがあるのとじゃ心象が変わるだろ。ベッドの代わりもできるソファとソファの代わりもできるベッド、リビングに置くならどっちだ?」
「美意識ゆえのこだわりってやつ? 付き合わされる方はたまったもんじゃねえな」
「おや、自主的に迎合してくれるなら歓迎だよ。いままさに『つきあっている』、しね」
「下ネタ? 『突き』あわされてるの間違いだろ」

 引かずにいいところを掠めながら深くえぐられ、頭の奥を焼くような痺れに息を詰める。前置きのない再開、それも当てつけのための一突きに、火神は細身の腰に脚を絡めて自ら奥へと誘った。火神の方が一回りも二回りも体格で上回っているので、この姿を取ると蟹か蜘蛛になって獲物を捕食している気分になる。得てして自然界では雌に大柄な体躯を割り当てられているものだが、この場合はそれに当てはまるのだろうか。

「痛いとこつかれた? おにーちゃん」
「お前から甘えられると照れるな」

 膝頭を掴まれ、大きく股を割り開かれる。腹の上で臙脂に染めた屹立がぶるんと震えたのも束の間、火神をとかす兄の陰茎が執拗に粘膜を嬲りはじめた。ゆるやかな戯れのような抽出からうってかわって、角度をつけた屹立全体で穿つ終盤のコースに、肺から空気が漏れる。

「ふうっ、んんんー!」

 手綱の外れた身体のあちこちで火花の弾けるような悦びが上がっている。結合部から聞こえる、ぐぽぐぽと濡れたものを出し入れするあからさまな音に煽られた。腹の奥で兄の性器が内から火神を叩いている。

「ひ、ンぁ……ん、あ、っあーすっげーいい。あ、そこ、きもちい」
「この辺か?」
「ンっ、そ、こぉっ……あ、イっ、いい、はあっ、やべ、あ、っう、あ、あ」

 尻を天井に向けるように掲げられ、その姿で深く貫かれた。羞恥を気にかける暇なく出来あがった粘膜を擦られ、突かれ、腹の内から声がとまらない。身体を折り曲げているために膨らんだ屹立が肌に当たり、ぬるついた先端が腹をこするのすら好い。
 うちがわを性器のかたちに拡げられて、腫れるほどぐずぐずにいじめられるのがひどく好ましい。与えられる悦びに屹立をゆらして喘いでいると、兄が息をつまらせた。垂らした前髪が揺れてほつれる。露わにした右の眉の端が耐えるように歪んだ。

「っ……締めるな、お前ただでさえ厚いんだから」
「んん、いい、とこばっか、ごりごりしてくんのタツヤじゃんっ、ふかこーりょくっつーんだよぉ、こおゆう、のお、ふあぁ、っああ」

 とかく腹の奥が熱く、腹の熱が伝播したように頭がぐずぐずにとけていた。開くばかりで閉じることを忘れたくちびるから唾液が糸を引いて垂れている。ぴんと尖った乳首がむずがゆく、触れてほしかったが口には出せない。貞淑から遠い火神でも、口をつぐむことはある。
 こうして兄を受け入れるのは好きだ。穴を穿たれ、そのかたちに保たせようと身体全体でゆすぶられる。動物のような兄の動作は高揚を誘うし、何より火神は快楽を好いている。射精の手前で昂った身体を、風船を膨らましていくように高めていくのはたまらなくいい。
 それだのに兄ときたら、火神の都合も考えずこんなことを言う。

「……イかせて、いいか」
「んだよそれぇ、ふつーぎゃくぅあ、ひんっ、うあ、あぁああ」
「悪い、無理だ」

 激しくなった抽出に声を裏返すも、たちまちア行の悲鳴を漏らした。放られたままとろとろと蜜をこぼすばかりだった屹立に兄の手が伸び、無慈悲に擦りあげられていく。血管の浮いた幹を擦られながら後孔をがつがつと穿たれ、火神は目が回りそうだった。

「むりっ、むりだってそっン、ああぁ、ひぁ、あ、あああ」

 自分から絡めた脚はしがみつくように氷室の腰を覆っている。与えられる熱があまりに多く、はやく解放されやしないかと火神は欲が弾けるそのときを願った。氷室が出ていくか止まることまで考えが及ばない。
 きもちいい、けど、こんなに急なものは望んでいない。
 さがった眉の下であまりの辛さに目蓋を閉じれば、熱い涙がひとすじ眦から流れていった。口が渇いているのに唾があふれてシーツを濡らす。火神はひくひくと下肢をふるわせて喘いだ。頭の中は兄に対する不平不満でいっぱいになっている。
 こっちのことも考えないで勝手にいかせるとかおかしいだろ。ふつうこーいうのはいきたくなった方がいくもんで、自分がいきたいから人をいかせるとかそういうのはねーはずだ。勝負でもあるまいし、道連れにする気かよ。

 あ、でも、俺タツヤ先にいかせること多かった、よな。たぶん。

 兄を組み敷く立場のときは似たようなことを、いいやもしかしたら火神の方がよほどのことをしていた事実に思い至り、そこで火神の我慢が切れた。下肢に力が籠り、屹立と後孔に覚えのある衝動が昇っていく。火神はソファの生地を堪えるようにぎゅうと掴んだ。その姿が不必要なまでに氷室の欲を煽る。

「はあっ、ほんと、かんべ、ア、はやっ、や、あ、やぁら、いっく……!」

 全身を駆け抜ける衝撃にぎゅっと目をつむって、溜め込んだ欲を迸る。射精に合わせて後孔がきゅうきゅう閉じるのがわかった。質量のある兄の屹立をお構いなしに締め付けているも、自分では止められない。

「ふっ、うう……う、うぁ、っ……はあ……」

 腹の中にまだ兄が収まっている。内でもびくびくと震えているそれに、兄もまた達したのだと理解した。コンドームをつけそびれたので中で広がっていることだろう。
 兄が疾走したように荒く呼吸を繰り返している。彼の心臓の高鳴りを重ねた肌から感じとり、火神はようやく落ち着ける。腕を伸ばして氷室の身体を引き寄せた。火神のセーターも氷室のシャツも汗を吸ってひどいことになっている。

「たつやぁ」
「ん……」

 氷室がくちびるで火神の塩からいくちびるを啄む。精で濡れた陰茎を確かめるようにこすられて腰が逃げた。
 勢いで走り抜ける、若い頃に飽きるほどしたセックスだった。ひと月に一度、ふた月に一度の逢瀬の夜は時間を忘れてくたびれるまで身体を重ねて、兄を見送るのが高校生だった火神の常で。
 こうしてふたりで暮らすようになってからも頻繁にできるものではなかったが、暮らしを共にしているとセックスよりもしたいことが増えた。ふたりで過ごす、明日には忘れてしまいそうな当たり前の生活に費やす時間が愛おしいのだと感じるくらいには、年を取ったのだと思う。
 それでも、食後の茶を飲み終わりこのソファで兄にくちづけたときから、火神は快楽に浸る以外の選択肢を放り投げていた。それこそ十六歳に戻ったように腰がとろとろにくだけてすっかり勃たなくなってしまうまで、兄と身体をつなげる気でここ三日くらいは機会を窺っていたのだ。男性特有のむらむらも合わせたら一週間にはなるかもしれない。
 それだのに兄ときたら、自分の都合で早々と終わらせてしまって。
 愛でるようなキスが終わり火神は大きく息を吸うと、余韻に浸る兄へ思い切り文句をぶつけた。

「はーえーえ! まだできただろー!? 今日はスローセックスったじゃん!」
「タイガ、脚どけてくれないか。お前の脚蟹バサミみたいで痛い」
「はあー?」
「いたいいたい腰つかいものにならなくなる! 骨盤が歪んでろくなショットができなくなってもいいのか、タイガ!」

 問題が職業兼趣味に関わってくると兄は頭に血が上る。あまりの剣幕にふてくされた火神は頬をふくらませると、望みどおりに脚の力を緩めてやった。まだ入ったままの腰をグラインドさせて兄から言葉を奪う。くっ、と髪を乱して前かがみになっても兄は絵になるので、つくづく色男というやつは恵まれている。

「人生長いんだからゆっくりいこうぜーゆっくりー。タツヤは気ぃみじけえよなー」
「おにいちゃんであそぶのをやめなさい。***しながら*****して****したあとに****するぞ」
「何されんのかわかんねえけどタツヤが必死ってのはわかった」

 とても兄の口から出たとは思えない単語の組み合わせに毒気を抜かれた。真顔で静かに凄まれたし、まず自分のことを『おにいちゃん』などと指す兄は間違いなくどこかにきている。主に頭とか。
 はあと溜息をついた兄が身体を起こし、やわくなりはじめた性器を抜いた。くぼみのある先端が出てしまうと、急に内側が寂しくなった。すっかり兄専用の身体になっている。一晩とは言わないので、あと二回くらいできないだろうか。一時間半くらい抜かずにぬぷぬぷ兄を堪能して、シメに兄を跨らせたままこつこつ下から突き上げたい。
 性交後の多幸感で頭がふわふわと心地よい。脳みその代わりに風に吹かれるたんぽぽの綿毛が頭蓋の内で舞っているような気分だ。ご機嫌にゆるまる表情筋で推敲なしの感想がくちびるから漏れ出る。

「あー……腹んなかきもちよかったぁー……。タツヤの美形ちんぽでぐぽぐぽされんのすげーすき。やりたくなったらいつでもウェルカムだ、おっ勃たせてがっつけよ」
「口の悪い弟はともかく、俺は早急にソファを買い替えることにするよ。アンディ、いままでありがとう。感謝する」

 火神の脚から逃れることのできた兄が抜身のままで正座をし、ぬくもった座をさすりさすり撫でている。火神は大股開きのまま兄を見上げた。行為中の軽口と思いきや、まだソファを気にかけている。ちなみにアンディは購入時にレジを打った店員の名札に書かれていた名前で、いまはふたりがかりで汚したソファの名前となっている。もっぱら呼びかけているのは兄だけだ。

「別に困ってねえけど」
「動きづらいんだよ。お前の首も痛めるし、何よりお前に乗った時に膝が置けなくて困る」
「ベッドと違うのがそそらねえ?」
「やりづらいと萎える」
「おっさん」
「繊細な証拠だ」
「いますげー盛ったのに」
「お前に煽られたんだ、ソファじゃない」

 あまりにも自然にのろけられて、今度は火神が言葉につまる番だった。つくづく破壊力のある兄である。小賢しく頭を使っていないところもポイント加算対象だ。

「それに、これだと隣に寝られないだろ。したあとはだらだらしたいんだ。ベッドまで行くのは面倒だし。アンディは気に入っているけどね、お前とこっちに来てから揃えた家具だから。思い入れがある」

 だからと同意を求められても頷くことは難しかった。横にも縦にも伸びて蟹のように身の詰まった火神と、自動販売機よりも高い氷室が並んで寝転ぶことのできるソファなんてものは簡単に見つからないし、特注で作ったところでそれをソファと呼べるだろうか。ふんぞり返って腰かけてもまだ余裕のある広い家具は、ソファではなく簡易ベッドと呼ぶべきだ。
 それに、いくらソファの形をしていようとそれだけ広々としたものに、客人はおいそれと座らないだろう。何に使われているか、わかったものではない。
 要するに兄は火神以上にリビングでだらだら気ままなセックスをしたがっているなまぐさなのだ。贅沢にピロートークも込みでとなれば、火神は同じ台詞を繰り返さずにはいられなかった。

「やっぱベッド買おうぜ。ソファの代わりになるし優れもんだ」